
旅は会いたい人のいる方へ
旅先を決めるとき、かつて僕たちは地図を開いた。いまはスマホの画面だろうか。いずれにしろ、名所や絶景、まだ歩いたことのない山や道を探しながら「さてどこへ行くか」と考える。
けれど写真家・根本絵梨子さんの旅には、もうひとつ大きな軸がある。それは「誰に会いに行くか」ことだ。
イベントでは、根本さんとのトークの前に、フィルマーのエリナ・オズボーンによる北海道のバントリップのロードムービーを上映した。昨年の夏、根本さんとエリナのふたりはキャンピングバンで約3週間、北海道を巡った。大雪山を5日間かけて縦走し、天気を見ながら行き先を変え、街では会いたかった人のもとを訪ねる。事前に分刻みの予定を組み上げるのではなく、その日の空模様や出会いに導かれながら進む旅。その模様は『Road to meets』でも連載中だ。
「会えるタイミングがあるなら、会いたい」
トークのなかで根本さんが語ったこの言葉は、旅の輪郭を確かに示していたように思う。

風景の前に、いつも誰かがいる
根本さんは、山や自然のなかで撮影された写真の印象から、「風景を撮るために旅をする写真家」と見られることも多い。かく言う自分も、そう勘違いして節がある。たしかに、その作品には、遠くまでひらけた稜線やどこまでも続く空、旅の途中で出会う美しい景色が写っている。

けれど根本さん自身は、完成した一枚を目指して景色を探しに行くわけではないと話す。
「すごくきれいな風景写真を撮ったなと思うこともあるけれど、それは自分で撮ろうと思って、その景色に出会えているわけではないんです」
山の天気は変わり、旅の途中には予期しない出来事が起こる。だからこそ、そこで偶然に出会った景色や人の表情を見逃さず、シャッターを切る。その写真は、あらかじめ定めた目的地の成果というよりも、その場所に身を置き、流れに従った時間の記録、痕跡のようなものだろうか。

根本さんにとって、旅の行き先は風景だけでは決まらない。むしろ最近は、「あの土地へ行ったら、この人に会いたい」という思いが、山や土地そのものへの関心と同じくらい、あるいはそれ以上に大きくなっている。
もちろん、土地の記憶とは、景色や建物だけではできていない。そこで交わした会話、教えてもらった店、偶然一緒に歩いた道、また訪れたいと思わせる誰かの顔がそこにはある。人との関係が折り重なることで、特別な土地になっていくという感覚は誰しもにあるのではないか。

予定を空けて、旅を受け取る
「満たされた」「整った」という言葉が、上映した映像にも、トークの中でも何度も印象に残った。
旅とは、遠くへ行くことだけではない。予定や役割で埋まった日常に、余白をつくること。目の前の天気や出会いに応じて進路を変えられる状態になること。そして、ふだん見落としてしまう自分自身の感覚を取り戻すことなのかもしれない。
新刊『LOCAL #01 MIYOTA 移動が育む』もまた、そうした旅のあり方と響き合う一冊だと思う。
会場内では、新刊『LOCAL #01 MIYOTA 移動が育む』をはじめ、これまでnoru booksで制作してきたZINEを展示・販売。リソグラフで印刷された冊子たちを自由に手に取ってもらった。
御代田で暮らす人たちの移動や日常を取材し、初版は、その土地と隣接する町・上田で印刷をした。さらに、印刷・製本OPEN DAYと題して、地域の人たちと一緒になって紙を断裁し、表紙を刷り、糸で一冊ずつ綴じた。記事の内容だけでなく、つくられる過程にも土地の人びとの時間と手触りが刻まれているというあり方を目指した。

土地の物語に、手で触れる
オンラインの記事は、いつでもどこからでも読める。けれど紙に刷り直し、手で綴じ、誰かの手へ渡るまでの工程を重ねることで、土地の物語はより立体的になる。ページをめくるとき、その中にいる人びとの声だけでなく、刷った人、綴じた人、運んだ人の存在まで感じられる。
根本さんの写真も、新刊『LOCAL』も、土地を一方的に切り取るものではない。そこに暮らす人や、旅の途中で会った人、偶然に出会った景色との関係の中から生まれている。
会いたい人がいるから、またその土地へ行く。訪れるたびに、新しい店を知り、別の道を歩き、顔なじみが増えていく。そうして移動を繰り返すうちに、知らなかった場所は少しずつ、自分の日常の延長になっていく。
土地の魅力とは、地図に印をつけられる場所の数ではなく、そこに「また会いたい」と思う人がいることなのだろう。
Photo by Taro Ikeda Text by Ryo Muramatsu





