Local2026.10.14NEW

#01 足裏から測る、ちょうどいい距離 by ⽯川幸之助

街のすぐ先に山があり、クルマで少し走れば、足裏で土や石を感じられる場所へたどり着く。甲府で暮らす人にとって、都市と自然の距離は決して遠くない。けれど、自然や地域、人との関係は、ただ近ければいいわけでもないのかもしれない。アウトドアショップ『SUNDAY』と、森のなかの〈Vivobarefoot〉コンセプトストア『RooTS oF THE FLowER』を営む石川幸之助さんを訪ね、足元から移動を見つめ直した。便利な道具に委ねていた身体感覚を取り戻すことは、日常の景色をより深く、自分のものとして味わうことにつながっていく。LOCAL第二弾は、甲府で考える「ちょうどいい距離」のあり方について。

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「移動が育む暮らし 長野県・御代田編」記事一覧

街から山へ。感覚をひらく一本道

見渡す限り、山だ。西には南アルプス、北には八ヶ岳連峰、振り返れば富士山までくっきりと見える。四方を山に囲まれたひらけたコンクリートの道から、森の中の一本道へとクルマを走らせる。しばらくすると、生きた木々と並んで佇む小屋が見えてきた。ベアフットシューズブランド〈Vivobarefoot〉の靴を、自然の中で体験できるコンセプトストア『RooTS oF THE FLowER』だ。

壁一面に靴が並んだ店内で迎えてくれたのは、店主の石川幸之助さん。地元アパレル企業でバイヤーを務めていた石川さんが、自然の面白さに出会ったのは29歳のとき。職場の後輩に誘われ気が進まないまま向かった富士登山は、学生時代の記憶も重なりつまらない体験に終わる。それでも、せっかく買い揃えた道具を使ってみたいと思い、足を向けたのが地元の瑞牆山だった。そこで初めて自然に感動を覚えた。

「急に楽しくなって興奮したんですよ。登っている最中は辛い時間もあるけれど、言葉じゃ言えない、言葉じゃ伝わらない感動がある。それをどうにかして伝えたいじゃないですか。山梨の人たちに、友人のような感覚で。山へ一緒に行こうよと誘えるお店をやってみたくなった」

山との距離が近い山梨だからこそ、自然と戯れることで町での暮らしにも安堵感がもたらされるのではないか。そんな安堵感を、自分が自然に感動を覚えるきっかけとなった道具を通じて届けたい。街と山をつなげたい。その思いから、2009年に甲府市でアウトドアショップ『SUNDAY』を、2023年には北杜市に『RooTS oF THE FLowER』を立ち上げた。

何もしない靴が、足を目覚めさせる

ベアフットシューズは、裸足の状態を再現した靴だ。実際に履いてみると、その軽さと開放感に驚く。ソールはフラットで薄く、つま先には指を広げるだけのゆとりがある。足の甲やかかとには吸い付くようにぴったりとフィットしている。外に出て店のまわりを歩いてみると、土のやわらかさ、転がっている石の大きさ、コンクリートの冷たさ——その一つひとつが足裏で感じられる。普段なら滑りそうで登りたいとは思わない少し高さのある岩にも登ってみたくなる。足で岩を掴む。いままで素通りしていた地面が、俄然、存在を放ち始める。

なぜ靴が変わるだけで、これほどまでに感覚が違うのか。石川さんの熱心な解説によって、足と靴の関係性がわかってきた。

「よくある靴を否定しているわけじゃないんですよ。楽に歩くための道具ですから。ランニングするときはランニングシューズを、バスケをするときはバッシュを履けばいい。でも、何もしない日常にまで道具の補助に頼り切っていたらどうでしょう?足の筋肉や5本の指を使わなくなり、人間の本来の身体機能は失われてしまう。自分の身体感覚が鈍ったままでは、いざという時に道具を使いこなすことだってできません」

現代の靴は、高いクッション性で足を過保護にサポートしてしまう。結果として、足のアーチ運動も失われていく。ベアフットシューズは、道具としての機能をあえて外した、何もしない靴だ。これを履く時間そのものが、道具に頼らない時間になる。

「ベアフットシューズを履いていると、地面の衝撃を自分の足で吸収しなければならないから、足が本来の柔らかさを取り戻し、無意識に指で地面を掴もうとし始めます。そうすると、血流が変わり、足が再び情報処理を始める。失われていた感覚が、一気に取り戻されていきます。履き始めは足が痛くなったり疲れる人がほとんどです。ずっと動いていなかった足の機能を取り戻すのだから、当たり前。リハビリです」

実は十数年前に、ランニングとともにベアフットシューズがブームになったことがあったという。しかし当時は「裸足感覚で走ると気持ちがいい」「ベアフットシューズはかっこいい」という表面的なイメージが先行し、正しい知識が届かないまま話題になってしまった。そして、ベアフットシューズを履いて急に走り出した人たちの足にはトラブルが相次ぎ、ブームは収束していった。

「僕はその時の反省がすごくあります。ベアフットシューズは好きだったけれど、うまく伝えられなかった。だから6年前に〈Vivobarefoot〉が日本に入ってきた時、彼らがベアフットシューズの本質をどのように伝えていくか、どのように売っていくかを真剣に考えていることを知って、これだ!と思ったんです」

現在〈Vivobarefoot〉は、日本国内に4つのブランドコンセプトストアを構える。どの店舗でもただ靴を売るのではなく、靴や体の仕組みについて話し、体験してもらい、足に起こる変化を伝える。ベアフットシューズを履き続けてもらうための、地道な活動がある。

4店舗の中で本物の自然に身を置いて靴を試せるのは、『RooTS oF THE FLowER』だけだ。森の空気の中で、ブランドの姿勢と人間の足が持つ可能性に確信を持った石川さんの言葉に耳を傾けたい。石川さんに伴走してもらいながら、自らの足で納得の一足を選びたい。そんな衝動が静かに込み上げてくる。

移動を旅に変える、身体との距離

足本来の機能が目覚めると世界の見え方や移動の解像度までもが変わっていくと、石川さんは話す。

「同じコンビニに行くのでも、ベアフットシューズを履いて歩いたり自転車を漕いだりすると、旅に近い感覚になるんです。いろいろな気づきがあって、全部が体験になる。体験によって得ていくものが、価値観すらも動かしていく。クルマだってそうですよ。アクセルもブレーキも、足の親指でグーッと押している感じがわかります。エンジンの振動も。足の感覚がないまま運転するのは怖いですよ」

徒歩や自転車、あるいはクルマの運転であっても、自らの足裏で気づき、身をもって知ること。

「実感が伴って初めて信じられると思っているので。“いいらしいよ”なんて話は世の中にいっぱいあるけれど、ご自身で靴の意味を感じられたら、それは揺るぎないものになる。僕らはそこをどれだけ補助できるかを考えているんです。実感を得られなければ、こんな靴、長続きしないと思っていますから」

瑞牆山で自然の面白さに気がついた石川さんがそうであったように、人の価値観や行動を変えるのはいつだって本物の実感だ。どれだけ情報が溢れていても、自分自身で感じ取らなければ何も始まらない。便利さや過保護な道具の中でいつの間にか失われていた身体感覚を取り戻した時、日常の移動も、目の前の景色も、すべてが鮮やかな質感を持って立ち現れてくる。一足の靴とともに踏み出すその一歩は、自分だけの、何にも奪われることのない、確かな一歩なのだ。

時間割のグラフ

#01⽯川 幸之助

age58

出身地

山梨県

現所在地

山梨県 甲府市

職業/肩書き

〈TODAY IS OKAY 株式会社〉代表取締役

SNS/HP

IG:@sundayweb.jp

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Photo by Keita Noguchi / Text by Nagi Aitani / Edit by Naonori Kato / Coordination by Sawako Omura / Produce by Ryo Muramatsu