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若者たちを突き動かすクルマとファッション
ある人にとってクルマは単なる移動手段であるが、ある人にとってはクルマは人生を大きく狂わすインスピレーション源ともなっている。“ドライバーズウェア”をコンセプトに持つ〈H2C〉は、服とクルマにフォーカスしたアパレルブランド。その〈H2C〉とは“HEART TO CARS”の略称で、クルマに想いを寄せる人々に向け、機能性とファッション性を兼ね備えた服作りを行っている。
これまでの連載で取り上げてきたように、カークラブやカーメディアを通じてクルマ文化を盛り上げつつ、オリジナルアイテムを作っているチームは存在している。しかし彼らは、あくまでアパレルブランドを主軸としている点でユニークといえるだろう。
田所剛さん、藤原稜斗さん、桶結ノアさんの3人によって2023年に設立された〈H2C〉。はじめはカーフレグランスやステッカー、Tシャツやスウェットなどの販売からはじまり、この秋からは彼らの真骨頂といえる、運転姿勢から着想を得たファーストコレクションが展開されている。
左から桶結ノアさん、田所剛さん、藤原稜斗さん
彼らは、クルマを運転しているときの高揚感を感じられるような服作りを目指すため、ウェアもありもののボディを使うのでなく、いちからパターンをひき、そしてメイドインジャパンのモノづくりを行うというこだわりよう。日本の基幹産業ともいえる自動車産業と、世界から高い評価を受けているファッション産業の懸け橋となり、両産業の発展に寄与したいという大義も胸に抱いている。
しかし、わずか23歳という若さである彼らが、クルマとファッションにこれほどまでに情熱を注ぐ、その原動力とは一体なんなのだろうか。
「クルマに興味を持ちはじめたのは割と最近で、僕が大学1年の頃。たまたま昔の家族のアルバムを見ていたら日産スカイラインR30の写真が出てきて、単純にかっこいいと思ったし、ノスタルジックな感じも憧れちゃったんですよね。
そんなときに、中学から一緒の藤原が親からマツダ RX-7 を受け継いだってことを思い出して、ふたりで富士山の方まで走りに行ったんですが、そこで助手席に乗りながらもクルマの魅力に当てられて。それから僕がオートマ免許の限定解除をして、クルマ探しをするまでには1年もかかりませんでした。また、ちょうどそのタイミングで服作りの勉強もはじめていて、自分の熱中しているクルマと洋服を掛け合わせたらいろんな可能性が見えてきて、仲間を集めて〈H2C〉を立ち上げたんです」
そう語るのは〈H2C〉のデザイナーでありブランドの代表である田所さん。彼は大学に通いながらファッションカレッジのダブルスクールをしてデザインのイロハを習得。大学卒業後はフリーのODMデザイナーとして独立するとともに、すぐに〈H2C〉のコレクション制作に乗りだしたという。
※ODM=Original Design Manufacturing
受託者が、製品の生産だけでなく、設計やデザインなども請け負う形態。マーケティング・流通・販売も含む幅広い業務を受託するケースもある。
「ファッションカレッジに通っていたときの縁でCOMME des GARÇONS HOMMEのチーフパタンナーも務めた師匠に出会って、1年間師匠のもとで実践的なテクニックを教わったことが大きかったと思います。工場に仕様書を出して量産する方法なんて僕は学校では学べなかったですし。その頃には運転姿勢から服をデザインしたらどのような服ができるのかというのをずっと考えていて、〈H2C〉のコンセプトであるドライバーズウェアのベースとなる考え方が固まりました」
現在はCADソフト上でパターンを引くことが主流となっているが、田所さんは師匠の影響もあり〈H2C〉のパターンは手引きでコツコツと修正。自らの手で線をなぞることで造形を作り出しているという。
特にファーストコレクションで意識したのは、運転しやすい服であること。クルマのステアリングを握る際、人間の身体は座った状態で膝や肘、肩甲骨などの関節を曲げ伸ばしするため、直立姿勢を基本とする服作りとは異なる複雑なデザインが求められた。
例えば、運転中の動きをスムーズにするために、関節周りに余裕を持たせた布の分量を増やしたり、ストレッチ素材を使用して動きやすさを確保したり。またポケットの配置や角度も、座った状態で物を取り出しやすく落下し難い設計が採られている。
Driver’s Jacket 出典:H2C
「今回発表したドライバーズジャケットには、空軍のフライトジャケットやライダースジャケットに用いられるようなアクションプリーツを背中側に入れて、腕を前に出す動きに対応。これはシャツにも共通しているのですが、袖はテーラードジャケットのような2枚袖仕様にすることで腕の動きに沿うようなカーブを作り出して、さらに肘部分にタックを入れて運転姿勢が取りやすいようにデザインしています」
〈H2C〉のファーストコレクションでは、こうした機能的デザインの積み重ねがそのまま独特なデザインとなって現れている。テイストとしてはワークやミリタリーから抽出したギミックもみられるが、ルックスはあくまでミニマムでどこか上品さも感じられる。
仲間と作り上げるクリエイション
田所さんのクルマに対する強い情熱を喚起させた功労者である藤原さんは、マツダ党の父による英才教育を受けた、子どもの頃からのクルマ好き。物心が着く前からクルマ関係のイベントに連れていってもらうことが多く、普段からマツダ車のミニカーを握りしめている子どもだったという。
「父が新車で購入したRX-7は、2000年に175台だけ製造されたタイプRZという限定特別車。20年以上親父が大切に乗ってきたクルマなのですが、父の定年を機に好きに乗っていいといわれて。それからは自分で運転するようになって、名実ともにマツダ党になった感じですね。
父のRX-7は90年代のアナログさと2000年代の新しさがいい具合に混ざっている感じで、2001年生まれの僕たちには新鮮さもありました。その後、僕は就職を機にマツダ・ロードスターRFを新車で買ったので今はロードスターに乗っていますが、RX-7は結果的に〈H2C〉に大きなインスピレーションを与えてくれました」
ブランドを立ち上げたいと言い出した田所さんのサポートをする形で、共同創業者として藤原さんもメンバーになり、現在は会社勤めをしながら、ボランティア的に〈H2C〉の経営や財務関係、モノづくりのアイデアを提供している。
「社会人になってからだと時間がなくなるとわかっていたので、学生のうちに〈H2C〉を立ち上げて土台を固めて、今は平日の夜や週末に話し合ってプロジェクトを進めている感じです。僕は経営コンサルの仕事をしているのでその知識を〈H2C〉の中で実践してみて、3人で真面目に、楽しみながら活動しています」
他方、〈H2C〉のヴィジュアルなどクリエイティブ関係の実務を支えるのは桶結さん。田所さんと桶結さんは同じアパレルショップで働いていたバイト仲間で、ファッションのスタイルこそ違えど、服に対する情熱に通じるものを感じて意気投合。藤原さんと3人で企画を練り上げ、〈H2C〉を創設したという。
「田所がデザインをして、藤原が経理や数字の管理を担当。2人の方が苦しい思いをするところが多い分、僕は単純に楽しく関わらせてもらっているなと思っているんですが、僕は僕でみんなの情熱をどう届けて、伝えるかという部分でサポートをしています。個人的に音楽活動をやっているので動画内での音楽を自分が作ったり、ルックの企画。あと普段は英語の講師をしていることもあり、英文作成やコミュニケーション関係が僕の役割ですね」
「父はフォードやダッジとかアメ車に乗っていたものの、正直いうと僕はふたりと出会うまではクルマにほとんど興味がありませんでした。でも、僕はファッションやサブカルチャーが大好きで、特にゲームや映画、音楽には強く影響を受けています。例えば、グランツーリスモのようなゲームのサウンドトラックは僕にとって重要なインスピレーション源。そんな僕の感性をふたりのクルマに対するアイデアと掛け合わせて、新しい形で世の中に発信しているんです」
父の背中を追ったわけではないけれど
それぞれが自分の得意分野で生計を立てながらスキルを磨き、プロジェクトに全力を注いでいる〈H2C〉の3人。もちろん彼らにも自分たちの目標を達成するために大切な要素としてクルマを捉えている部分もあるだろうが、それ以前に、カーカルチャーを心から楽しんでいる若者たちでもある。
そこで、連載企画『Ridin’ in my car』の企画趣旨である、クルマ離れが進む都市部の若者たちがなぜクルマに乗るのか?という問いを、彼らにも投げかけた。
田所さんの愛車は、85年式の7代目ブルーバード。最上級グレードのSLX-Gで、まるでソファのようなルースクッションシートは当時の高級セダンらしい風格を備えている。
「クルマに興味を持ってからは〈Anyca〉でいろんなクルマに乗ってみたり、レース観戦にも行くようになりスポーツカーにも惹かれたりしたのですが、結局は親が乗っていたR30 スカイラインの直線的なデザインのクルマの雰囲気が好きで、ブルーバードに辿り着きました。飛ばすよりもゆっくりモタモタ走るのが好きな僕にピッタリなクルマで、走りもすごく滑らかで快適。ラウンジにいるかのような優雅なシート、そして柔らかいサスペンションによる、浮いてるかのような乗り心地が気に入っています」
〈H2C〉の製品開発をするうえでも田所さんに大きな影響を与えている愛車。オートマではなくマニュアル車であることは、クルマは手足だけでなく全身を駆使して運転するということを強く印象付けてくれて、アイデアや改善点を探るうえでも大いに役にたったという。実際、この日彼が着用していたシャツやパンツも、愛車をテスト車両として活用しながら完成させたものだという。
「昔のクルマのCMとかも好きでよく見るんですが、ただ走るためだけじゃなくてワクワクするような、そういう売り込みとかも好きで。〈H2C〉の服も実用的でありながら、着ていて嬉しくなるような物が作れたらと思っていて、今回は運転姿勢に着目したコレクションになってますが、今後はクルマのエクステリアからヒントを得たようなモノづくりもしていきたいと思っているんです」
平日は仕事があるため、クルマに乗るのは週末が中心。ミーティングがてらメンバーとドライブしたり、彼女を乗せて出かけることが多いという。
「昔、父がスカイラインで母を連れてどこへ行ったとか話をしてくれて、クルマと一緒に思い出が作られていく感じっていいよなって思ったんですよね。僕は懐古主義という訳ではないですが、若者がクルマに乗るのが当たり前の時代を追体験しているところもあるかもしれません」
一方、旧車に魅力を感じながらも最新のロードスターに乗っている藤原さん。彼は、彼の父のように大切に1台を乗っていくことで、いつか思い出の旧車にしていきたいと思っていると話してくれた。
「RX-7を自分がガシガシ乗るっていう選択肢もあったんですけど、あれはやっぱり親父の宝物で20年以上も持ってるんで、それを尊重したくなって。それで2023年の6月にこのロードスターを購入しました。ローンの関係で父と共同所有という形ですけど、将来自分の相棒と呼べる存在になればいいなと思いながら乗ってます」
ロードスターRFはリアクタブルハードトップを持つモデル。フルオープンにした際に残るリアルーフの造形美も気に入っているポイントだという。
「ルーフをオープンにして長野のビーナスラインとか、景色のいい道を走るのは最高ですね。RFのエンジンはソフトトップモデルよりもパワフルな設計で山道も機敏に動いてくれますし、思い切ってRSという上位グレードにしたので、レカロシートやビルシュタインのダンパー、フロントサスタワーバーなど、走りを楽しめる装備が備わっています。個人的にはこの状態で完成されていると思うので、あまりカスタムはせずにキレイな状態でずっと乗り続けていきたいですね」
〈H2C〉のメンバーたちは、皆それぞれ父親から強い影響を受けているが、クルマに魅了されるのは彼らにとって自然な成り行きだった。
結局クルマとの接点が多いか少ないかの違いがあるだけで、そこに世代の違いはあまりなく、どんな時代でもクルマは人々を引きつけ続ける特別な存在なのだろう。彼らのクルマに対する情熱を目の当たりにすると、自分も忘れていたクルマへの憧れの念が、ふと胸に蘇ってくるような気がする。
H2Cが選ぶ道
SNSアカウントを立ち上げ、オンラインストアでアイテムの販売を開始してから半年が経った〈H2C〉。メンバー3人はそれぞれ社会人として忙しい日々を送りながらも、彼らはブランド運営を軌道に乗せ、ユーザーとの繋がりを深めるための試みにも着手。当初は曖昧だったユーザー像も、リアルな交流を重ねることで徐々に明確になり、ブランドとして進むべき方向性もはっきりと見えてきたという。
「僕たちの地元や学生時代の友人で考えると、同世代のクルマ好きってほとんどいないんですよね。だから若い世代のクルマ好きはいないのかなと前までは思ってたんですけど、スーパーGTを観戦しに行ったり、ドライブがてら箱根ターンパイクや大黒埠頭に行ったりすると、似たような年齢でカーライフを楽しんでいる人がそこそこいたんですよね。それに、この夏に週末限定のポップアップストアをした時には、マニュアル車に乗っている若者や旧車好き、洋服好きの人たちが噂を聞きつけてやってきてくれて、意外とそこら中に仲間はいるんだろうなという意識に変わってきました」(田所さん)
「活動を通して、結構クルマ好きの方には認知度だったりとか、訴求の仕方はだいたい想像がついてきたところ。ですが服の方での地盤、顧客層を探るのはこれからの課題ですね。服×クルマっていう特殊なスタイルを突き詰めて独自のドメインを確立するためには、服好きの方に訴求していければと思っています」(藤原さん)
「〈H2C〉ならではのコミュニティ作りはなにかしらあると思っていて。例えば各々が思ういい服を着て、いいクルマに乗って集まろうっていうカーミーティングが出来たらなって話はしているんです。それでクルマ好きになる人や、クルマから服好きになる人が生まれたらいいですよね」(桶結さん)
ゆくゆくはブランドに集中できるような売り上げを立てるのが目標だが、今はモノづくりをしながら〈H2C〉の描く“ドライバーズウェア”の姿を固め、世の中に出していく段階。ポップアップを行いながら、インディペンデントな発信を続けていくという。
〈H2C〉は直近では初のコレクション『First Machine』を中目黒や富士スピードウェイで販売で展開し、11月9日からはオンライン販売もスタートする予定。ますます活発な活動を見せる中で、彼らの作るアパレルが市場でどのように受け入れられるかはまだ未知数だ。
しかし、それらが同じ志を持つ仲間たちの目に留まれば、クルマ文化をさらに広げるきっかけになるに違いない。これから彼らがどんな道を走り、どのような未来を切り拓いていくのか、期待して見守っていきたい。
24AW “FIRST MACHINE”
中目黒 POPUP STORE
開催場所:東京都目黒区上目黒1-10-5 1階
開催日:2024年10月26日(土)、10月27日(日)
時間:12:00〜19:00
ハチマルミーティング 2024 at FSW
開催場所:富士スピードウェイ P7駐車場 (静岡県駿東郡小山町中日向694)
開催日:2024年11月3日(日)
時間:10:00〜16:00
H2C
“ドライバーズウェア”をコンセプトに持つファッションブランド。デザイナーの田所剛さんが同世代の仲間2人とともに大学時代に旗揚げし、2024年に満を持してローンチ。『FIRST MACHINE』と題したファーストコレクションでは、クルマの運転を快適にするデザインをウェアに注ぎ込んだウェアを多数発表。カーカルチャーとファッションの融合を目指し、ポップアップショップやイベント出展を通じて積極的にユーザーとの接点を広げている。
HP:hearttocars.com
IG:@hearttocars_official
photo by Misaki Tsuge / text by Junpei Suzuki / edit by Ryo Muramatsu